雨と雨
 
 ちょうどどんよりとした曇りがちな春の日だった。
 俺は、大学への通学のために下宿することになっていた。下宿とは名ばかりで、実際は実の祖母の家に厄介になるだけのやる気のない下宿生である。
 もともと荷物は少なかったので、引っ越しにはさほど苦労はかからなかった。かかったのは多少の運搬費だけ。
 そんなやる気に満ち溢れたとは言い難い新生活の始まりの日だった。
 
「うぃーす、ばぁちゃん。着いたよ〜。」
 玄関を開けて出迎えてくれたのは祖母ではなく、俺よりだいぶ前から祖母家に住んでいる先着住民だった。
「……どうも。」
 適当に挨拶をしたが、向こうは一方的に喋りまくる。
「あ、キミ、久し振り。元気してた?名前なんだっけ?まぁいいや一杯やろうよ。」
「あ、着いたのかい?荷物重かったろ?」
 祖母にその場は助けられた。
 
 それから三人の奇妙な共同生活が始まった…わけでもなく、ただの家族になっただけだ。
 祖母はなにかと俺に気をかけてくれ、俺は居候の分際でここまでよくしてもらっていいのだろうかと多少の罪悪感を感じた。
 もう一人の住民はやたらと俺にちょっかいを出してきた。
「ねぇねぇ…暇だよぉ…遊ぼうよぉ…。」
「断る。俺は忙しい。」
とか、
「それおいしそうだね〜ちょっと頂戴?」
「断る。俺が食うから。」
とか、
「おかえりぃ、学校どうだった?」
「別に何もなかったが…いつも玄関にいるなぁ。」
「キミやおばあちゃんが帰ってくるのまってんじゃん!!」
とか、鬱陶しさも感じたが、俺はそのやり取りが好きになっていた。
 
そんなことが一か月続き、八重桜も見ごろになってきたころだ。祖母の口から意外な事実が聞かされた。
「その子はね…もう長くないんだよ…心臓の病気でね…。」
 なんとなくそんな気はしていた。今までも急に苦しんだり、寝込んだりしていたからだ。
「大丈夫だから、心配しないでよ…。」
とか言っていたが、そんな厳しい状況にあったのか、あいつは。
 
薄曇りに雨、憂鬱になる天気。
「雨降ってるから気をつけていってきてね。」
「キミも体に気ぃつけろよ?」
「うん。いってらっさい。」
 傘をさしながら自転車に乗るのは、意外と疲れる。
 
 学校の授業もつつがなくおわり、家に帰宅した時だった。
「ただいまぁ…なんだ、寝てるのか?」
 そいつは所定の位置で横になっていた。
「のんきなやつだな…ん?」
 ふと、違和感を感じた。寝息が聞こえなかった。
「おい…。」
 体に触れても反応は無かった。冷たくなっていた。
 俺は気が動転した。何をしていいのかわからなくなった。とにかく祖母を呼んだ。
「……あいつが……。」
 祖母はその一言ですべてを察した。
「そぅ…じゃあ仕方ないね。」
 
 あいつは誰もいない家でたった一人で家族の帰りを待ちながら、死んだ。
 
 俺はあいつのためにもっと何かしてやれなかったのだろうか?
 あいつは俺と一緒に暮らして幸せだったのだろうか?
 話しかけても、自問自答しても答えはでない。
 
 ただ一言言えるのは、
「俺は楽しかった。」
それだけである。
 
 気付いたら雨はあがっていた。
 
雨と雨fin
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