「ともかくだ。明日家まで送っていくよ。父親はともかく、母親はいるんだろ?」
 作られたとかそんな話を信じるわけがない。この娘は頭にたちの悪い虫がわいているのだろう。
「オカアサン?それはなに?」
「何って……キミを産んで育ててくれた人だよ。」
「オトウサンのこと?」
「そうじゃない。……まぁいい、君の家はどこだい?」
「わからない。」
 ダメだこりゃ。もうこんな時は寝てしまうのに限る。
「あぁもういい。もう夜も遅いから寝ろ、ベッド使っていいから。俺は床で寝る。」
「いいの?」
「あぁ。おやすみ!」
 それにしても、年ごろの女の子と部屋に二人きりか。俺はかなりの臆病者なので手は出さないさ。それに彼女の身体能力が高いのは身をもって痛感しているから、手を出したら細切れにされそうだ。
「あなた……ひとりぼっちなの?」
 すでに眠ったと思っていた少女に話しかけられて驚く。
「一人暮らしなのは認めるよ。」
「私とおなじ。ひとりぼっち。」
「そうだな。……最後にオトウサンと会ったのはいつだい?」
「半年くらい前。」
 この娘は半年も一人でうろうろしていたのか。
「ヒトに聞いても知らないっていうの。ヒトを殺せばオトウサンは喜んでくれたから殺したの。でも……オトウサンは……。」
 少女の泣き声が聞こえる。……悪いこと聞いてしまったな。この娘がどんな環境でどのように育てられたのかは知らないが、かなりたくさんの人を殺しているのは彼女の行動とさっきの言葉から伺い知れる。
 このまま一緒にいるのは危険な気がするが、彼女を追い出したら俺も彼女もまた一人ぼっちだ。
「……しばらく家にいてもいいぞ。どうせ行くあてもないんだろ?」
「いいの?」
「どうせ気ままな一人暮らしさ。家に誰かいてくれるだけありがたい。」
「うん。わかった。」
 今日は疲れた。もう寝よう……俺はゆっくりと夢の世界へといざなわれていった。
 
月が照らす丘に俺は寝ころんでいる。人はもちろん生き物の気配がしない、辺りはものすごく静かだ。一陣の風が吹き抜けていった。自然と寂しさは感じない……俺は立ち上がり、隣で寝ている少女に手を差し伸べた。
「夢、か。それはそうと……なにみてるんだ?」
 目を覚ますと風が俺の顔を覗き込んでいる。髪の毛が顔にかかってくすぐったいんだが……。
「おはよう。」
「あぁ、おはよう。」
 携帯の液晶で時間を確認する。……八時か。今日が日曜でよかった。
「なぁ、さっきからなんで俺を見つめてるんだ?」
「……。」
 風の腹の虫が鳴く。
「……わかったよ。いま朝飯を用意するから。」
 確か食パンがあったはずだ。……二枚かちょうどいいな。
「ほら。悪いが何もつけるものはない。勘弁してくれ。」
 食パンを受け取ると風は頭を下げた。
「ありがと。」
「いいって。」
 もそもそと食パンを食べる。のどに詰まるな……。
「なぁ、オトウサンって何をしてた人なんだ?」
「ヒトの研究。私もオトウサンに作ってもらったの。」
 俺がガキのころに行方不明になった親父もそんな研究をするとか言って家を出たんだったな……。まさか、まさかな。昨日見た写真では俺の親父とは全くの別人だ。
「……ともかくだ。キミのセーラー服はクリーニングに出しておくから、戻ってくるまでは家にいてくれて構わない。部屋の中にあるものは好き勝手にしてくれていい、食い物も好きに食べてくれて構わない。勝手に外に出てもいいし、どこに出かけても構わない。ただ……もう人は殺すな。」
「わかった。」
 
 風はそう言うと、俺が趣味で集めている図鑑の背表紙をじっと眺めている。
「図鑑に興味があるのか?」
 風はこくこくと頷いた。俺は図鑑の中から一冊、宇宙の図鑑を選んで風に渡した。風は嬉々とした表情になって図鑑を読み始める。
「そんなに面白いか?」
「うん。」
 手持無沙汰になった俺は風の鉄定規に目を留めた。鉄定規は血で赤くところどころ変色している。
「……風、キミは一体何歳だい?」
「一年くらい前にオトウサンがつくってくれた。」
 ってことは一歳かよ。一歳の娘が一体何人の人の命を奪ったんだ。でも、外見上は高校二年生って感じだ。
「制服を着てたってことは学校に行ってたのか?」
「うん。」
 それなら風の家もわかるかもしれない。
「どこの学校だ?」
 風は自分が通っていた高校の名前を告げた。聞いたことのない名前だ。だが、最近はインターネットの普及でどこにあるかなんてすぐにわかる。早速ケータイで調べてみたところ、隣の県にあることが分かった。一日二日で行ける距離ではないな。
「存外早く家に帰れるかもしれないぞ。」
 風は夢中になって本を読んでいる。しょうがないな……課題でもやるか。
 俺だってちゃんと学校に行っている。足りない学費は自分でバイトをして稼いでいる。それで何とかやっている感じだ。
 レポート用紙を引きずり出してレポートをまとめ始める。
 
 ちょうどいい具合につかれてきたころ、風が言った。
「外……行きたい。」
「ん、丁度昼時だしな。うどんでも食いに行こう。」
「うどん?」
 自宅を出て、鍵を閉める。風にはTシャツと俺が昔はいてた短パンを貸した。なかなかどうしてにあっている。
「はは……こうしてるとデートでもしてるみたいだな。」
 町中を歩きながら俺がぼそりと言った。妄言だ気にしないでくれ。
「デート?」
 俺の半歩後ろを歩いている風は俺から離れないようについてきている。
 目的のうどん屋につき席に着く。
「好きなモノ頼んでいいぞ。」
「???」
 やっぱりとは思ったがうどんを知らないみたいだ。風の顔には?が大量に浮かんでいる。
「あ〜。きつねうどん二つお願いします。」
 俺は店員にそう言った。
「きつねうどん?それはなに?」
「ん?あぁ。何が何だか分かんないんだろう?まぁ、このうどん屋のうどんは全部うまいから安心しろ。」
 待つこと数分。風はメニューを凝視している。そこへ、できたてのきつねうどんが運ばれてきた。湯気はとてもおいしそうなにおいを立てている。
「これが、きつねうどん?」
「そうだ。冷めないうちに食え。」
 うどんを一気にすする。口の中に出汁の味が広がり、空腹感が癒えていく感じがした。
「うまいか?」
「おいしい。」
「ならいいんだ。」
 風はするすると麺を一本一本口に運んでいる。
 きつねうどんを食べ終わり、家に帰るのもなんなので、町をうろつくことにした。
 
途中、食糧が切れていたことを思い出した。
「いかん。食いもの買って帰らないと。なにか食べたいものあるか?」
「やきそば、たべたい。またつくって?」
「あんなのでいいのか?ともかく了解。他には何かないか?」
「ころっけ。」
「随分質素なんだな。」
「そう?」
「ま、いいか。先に戻ってるか?」
「いっしょにいる。」
 スーパーマーケットの中は相変わらずの混雑だ。風はあわてているように見える。
「久し振り、ヒトがいっぱいいるの。」
 風はてくてくと店の中を歩き始めた。
「おい。はぐれるなよ?……あれ?どこいったんだ?」
 ちょっと探してみるとすぐに見つかった。あの長い髪はそんなに見かけないものだからな。
「……サバがそんなに珍しいのか?」
「これはおいしいの?」
「さぁな。少なくとも俺はうまいと思う。」
「……。」
「わかったよ。買ってやる。」
 いろいろ買いこんで店を出る。意外と多くなったので、風にも持たせる。
 夕日がちょうど沈んでいくところだった。その日の夕食は割と豪華なものになった。
続き
 
 
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