笑顔の魔法
 
 そんなに昔ではない話、だからといって現在進行形とも限らない話。
 あるところに一人の魔法使いがいました。と、いってもまだ見習いの魔法使いです。
 彼の通う学校では、彼はかなり優秀な魔法使いでした。先生からも友達からもちやほやされていました。
 彼は調子に乗っていました。
「自分は天才だ!!」
 日々の努力を怠ってぐうたらすることが多くなりました。それでも彼はまだ優秀な成績を修めてました。
 そんな折、そろそろ学校を卒業して就職するか研究機関に進学するかを決めなくてはならない時期がやってきました。
 いつか訪れるとわかっていたことなのに、彼はまだのんびりしていました。
「なぁに、まだ時間はあるさ。」
 夏が過ぎて蝉の鳴き声からトンボの舞う季節になったころ、彼は自分の置かれた立場にようやく気付きました。友達はみんなとっくに自分のやりたいことを見つけていました。
 彼は焦りました。自分も何かしなくては!…でもなにを?
 彼はまだなにをしたいのか、なにをするべきなのかを見つけていませんでした。
彼は走りました。夕暮れの土手、朝の交差点、夜の橋げた。
どこを探しても彼は見つけることができませんでした。
「自分の価値って?」
 自分が得意としていた学問で進学しようと思いたった彼はその修業を始めました。でも所詮は暫定……本腰が入らないのは当然、彼は秋の空を虚しく見上げるだけでした。
 試験の日……彼はなんと言えない気持ちで試験に挑みました。
「本当にこれでいいのかな?」
 迷いは結果に響きました。彼は道を完全に見失っていました。外は雪が降りそうなほど寒そうでした。
 現状に満足して高みを目指そうとしなかった彼は完全に自暴自棄に陥ってました。
「どうせ、自分なんかいらない存在なんだ。」
 部屋に閉じこもって魔法のことをずっと忘れようと思っていました。それでも学校は毎日行っていました。一人になるのは嫌だったんでしょう。
 そんな彼に友達は励ましの言葉をかけてくれました。
「がんばれよ。」
「おまえならきっと大丈夫だよ。」
 彼にはその気持ちが逆に痛かったのです。でもそんな友達に哀しい顔を見せるわけにはいかないので、彼は作り笑いで返すのでした。
 そんな彼に友達の一人が言いました。
「今のおまえの笑顔からは嬉しさを感じないぞ。お前は笑顔の魔法使いになりたいんじゃなかったのか?」
「そうだった……。」
 彼は笑顔の魔法使いになることが夢だったのです。小さい頃から、魔法使いになると決めた時に。
 彼は泣きました。ひたすら泣きました。雨のあとには必ず晴れるように、彼は泣きました。笑顔になるために。外では桜の花が咲きそうでした。
 もう…決めなくてはならない時はとっくに来ていました。
 
 今、桜の木の下を一人の魔法使いが歩いて行きました。人を笑顔にするために、自分が笑顔であるために、魔法使いは先生になろうと思っています。
 桜の花が風に揺られて散っていきます。あわいピンクのその花びらに彼は笑顔で答えました。
 
彼の歩いたあとには多くの笑顔が残るでしょう。でもまだそれは仮定の話。
彼がどうなったか?どうなるのか?私たちに知るすべはありません。たった一つだけ言えることは、魔法は誰にでも使えるということです。
これで私の話はひとまずの終わりです。
 
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