渡せなかったカーネーション
母の日ももう一週間前の話になる。自分は部屋の隅に置いてある花瓶を見ながらそう思った。
活けられているのは赤いカーネーション。花の生け方なんて知らないからカーネーションはだいぶ萎れている。本当ならばここにあってはいけないはずなのに。
自分は小さい頃から母に迷惑をかけてばかりだ。
物心つく前に両親は離婚して、母は自分と二つ下の弟を引き取った。
生活は豊かとはいえないけど、それでも家族三人いればつらい時もなんとでもなった。
毎日家計簿を見てはため息をつく母。自分はそんな母を見ながらも何もしてあげられなかった。それどころかわがままを言っては母を困らせていた。
それでも母はいつも笑っていた。何が楽しいのかはわからなかったけど。事あるごとに笑っては自分たちを安心させてくれていた。
小さいころはずいぶん大きく見えた母も、自分が成長するにつれて段々と小さく見えてきた。
「母さんはこんなに小さかったっけか?」
最近では余計に小さく見え始めた。それに昔に比べるとだいぶ痩せた。手は骨と皮だけになり年中肌荒れに悩まされていた。
家事も仕事も全部一人でやっていれば当然だろう。そんな母に手伝いの一つもしてあげられなかった自分が腹ただしい。
自分が大学へ行きたいと言ったときに母は素直に喜んでくれた。うちにはそんな余裕ないはずなのに。お金のことを聞いても母は、
「あんたはそんな心配しないで勉強してればいいんだよ。」
と、言うばかりだった。
嘘だ。この家のことは家族なんだから一番知っている。母はそれでも笑っていた。
昔とは違って、弱弱しくていまにも壊れてしまいそうな笑顔。そこまで無理をしているのに、自分は何もしてあげられない。
自分にできることはただ一つだ。大学を無事に卒業、就職して母を楽にさせてあげること。
結局カーネーションは渡せなかった。もう少し待っていてほしい。
その時は愛煙家の母にライターを買ってあげよう。母の年齢の分のカーネーションを渡そう。日頃の疲れを温泉でいやしてもらおう。
今までの苦労の謝罪と、せいいっぱいの感謝をこめて「ありがとう」を言おう。
母の何倍もの笑顔で…
渡せなかったカーネーションfin