夜空駆ける戦慄 
 
土のにおいがする。私はこのにおいを好きになれそうにない。目の前のそれは私を殺そうとしている。それが発するにおい。だから、私はこのにおいが嫌いだ。
 それは極めて鈍重な動きで私を叩き潰そうと両のこぶしをふるう。…避ける自信がある。避けなければその先に待つのは、にわかな死のにおいだけだ。
 それは、錬金術の力によって生み出されたゴーレムという泥人形だ。むしろ私はそれらに哀しささえかんじる。
 攻撃をかわし、受け流し、それを土くれに還すべく私は武器をふるう。全身に敵を倒したという衝撃がはしる。…私はこれもあまり好きではない。
「なぜ!?なぜ、あいつには私のゴーレムたちの攻撃が当たらないの!?」
 ゴーレムの創造主であり操作者が土くれと化したゴーレムの向こうに見えた。…まだ幼さの残る顔立ち…少女であるのは明らかである。
「い、いや…お願いだから…いのちだけは…」
 私は少女に駆け寄り武器を振るった…。鮮血は夕焼けの空に弧を描いた。許しを請うつもりはない。これが私のすべきことなのだ。
 武器は新しい命を啜った。…私はこんなことをするためにこの武器をつくったのだろうか?
 …否。守るためにつくったはずだ。そう…彼女を守るために。
 
 時代は混沌としていた。様々な国や宗教、人種や思想。ありとあらゆるものが真実であり、また同時に偽りでもあった。
 混沌の原因は世界を治めていた王家にある。先王の崩御と共に人々の不安が一気に爆発した。王家に後継ぎはいなかったからである
 人々は殺し合い、騙し合い、疑い合い、血が流れない日はなく、空はいつも曇っていた。
 そんな事態を重く見た神は啓示を示した。
「それぞれの国の血を引く女を戦わせ、最後に残ったものを次の王とし、人の世を治めよ。」
 神の思うところとその意図は私にはわからない。少なくともこの啓示は私の人生を…いや、彼女の人生を変えてしまった。
 
「大丈夫…?」
後ろの森から私に声をかける者がいた。
「怪我しているじゃない…見せて。」
 先ほどの戦いでいつの間にか怪我をしていたらしい。右の腕から出血していた。
「これぐらいの怪我…なんでもありません。それよりお嬢様は――。」
「また!お嬢様って言わないでほしいな。私たち幼馴染でしょ?」
 彼女とは小さい頃から一緒だった。食べるのも遊ぶのも寝るのも何もかも一緒だった。その時はずっとこの時間が続くと思っていた。
 彼女の父上が急死してから、彼女は家名を継ぐことになった。それから変わってしまった。
 彼女は当主、私はそれに仕える鍛冶師。屋敷で顔を合わせても話しかけることはままならない。それでも、こっそり夜中に部屋を抜け出しては二人で語り合ったりしていた。
 神の啓示があるまでは。
 
 神の啓示があった後、彼女は国の血を引くものとして戦いに出されることになった。
彼女はあまり体が強いほうではなく、小さい頃から事あるごとに熱を出しては寝込んでいた。そのたびに私はりんごを剥いたりして看病をしていた。
私の仕える家は、もともとあまり位の高い身分ではないため、戦う力は私のつくる武器しかなかった。私はそのために彼女と共に戦場に送り出された。
他の家や国は屈強な軍隊や最新兵器を装備していたり、錬金術や魔法にたよったり、科学技術を動員するところもあった。
私だって鍛冶師である。私の鍛えた武器はどんな軍隊にも負けない、あらゆる力を撥ね返す自信がある。そのための力を神からもらったのだ。
血生臭さに嫌気がさす時もあった。しかし、彼女の顔を見ると戦う力がわいた。――私しか彼女を守るものはいない。
 
「ちょっと。人の話聞いてる?」
「あ、うん。きいてる。」
「どうせ二人っきりなんだから、名前で呼んでよ。ね?」
「うん。」
「それより怪我!ちゃんと治さないと。」
「ヴィヴィーに言われるなんてね。」
「またぁ!ユリィだって傷だらけじゃな――ケホケホ…。」
「ヴィヴィー?!」
「大丈夫だよ…ユリィは自分の心配してよ…。」
 そういうわけにはいかない。彼女の顔は真っ青になっている。
安全な場所にテントを張りその中にヴィヴィーを運んだ。私の右腕からは血が滴り続けていたがヴィヴィーの長年の苦しみに比べれば何ともなかった。
「また…迷惑かけちゃったね。」
 明らかに元気のない声である。聞いている私が滅入ってしまうほどによわよわしい声。
「いいから。だってそれが私の役目なんだもの…お休み。」
 テントから出ると辺りはすでに暗くなっていた。私は体中にこびり付いた泥と血を流そうと沐浴をしに行った。…この辺りに敵はもういないだろう。
 きれいな川を見つけたので、防具を外し、服を脱ぎ、静かに川へと入った。少々冷たかったが体中の汚れが落ちるのがわかった。
「…っう!」
 先ほどの傷口はきつく布で縛っておいたが、冷たい水がしみた。
 いくら体を洗っても手からは血の匂いが消えないような気がする。幾人もの少女の命をこの手で刈り取ってきた。だけど、罪悪感は無かった。
彼女を王にして、二人だけの世界を作るのが私の真の目的だった。そのために…だれが死のうと構わない。
「!?」
 不意に背後から人の気配がしたので咄嗟に武器をとる。
「だれかいるの?」
 …見慣れた顔、ウェーブのかかったブロンド。
「……ヴィヴィー!寝てなきゃだめでしょ!?」
 ヴィヴィーは一糸まとわぬ姿で私に近付いてきた。ただでさえ白い肌が月明かりのせいかより一層白く見えた。
 とても人の肌には思えないほどの白さ、…きれい。
「もう大丈夫だよ。なんだか私も汗臭かったから…ね?」
「もう…」
 そっと私は武器を地面に置いた。
「ユリィはやっぱり髪の毛長いほうがかわいいなぁ。」
 ヴィヴィーは私の髪に手を伸ばしてそう言った。
啓示があった日、私は決意の意をこめてそれまで伸ばしていた髪の毛を切った。切った髪は武器の材料になってしまった。
 ヴィヴィーは私の右腕の傷に触れた。
「ユリィの体…傷だらけだね…ごめんね、私が国の血なんか引いてるからそんな目にあわせちゃって。」
 ヴィヴィーの眼から大粒の涙がこぼれる。私はそれをそっと拭った。
「大丈夫だよ。あなたは、私が守る…。」
 そっとヴィヴィーを抱きしめる。ヴィヴィーの体は18という年齢の割には小さくて細かった。
「ユリィ…。」
 ヴィヴィーはそっと目を閉じた。私にはヴィヴィーが何をしてほしいか、理解できた。私も目を閉じた。
 月明かりに伸びていた二つの影は一つに重なった…。
 
私たちはこれからもずっと一緒。なにがあっても切れない絆で結ばれている。どんな敵も私が倒す。ヴィヴィーを守るためなら何だってする。
 いつか…二人でまた…。
 
数日後、何もない草原。向こうからは大勢の兵士たち。なかにはちらほら竜の姿も見える。
「敵、みたい…。ヴィヴィーは隠れてて。」
「気をつけてね…ユリィ。」
 そっとヴィヴィーの頬にふれ、私は武器を構えた。敵は殺気に満ちていた。あのどこかに私が殺すべき存在がいる。
 走り出した私は、笑っていたと思う。
 
夜空駆ける戦慄fin
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