鬱々空間
 
 ひとつ質問だ。俺はなんでこんな所にいる?こんな何もない空間にお前と二人きりで閉じ込められているんだ?誰が?何のために?
 ……と心の中で呟いてみる。相変わらず空間は無音で時間すら感じない。同室者は何も言わずに黙々と本を読んでいる。タイトルは…読めない。英語ではないのが確かだな。βとかかいてあるから。
 見た目はいい女なのだが、俺はチキンだからそんなはしたない真似は出来ない。なんとでも言えよ…俺は紳士でありたいのさ。
 部屋は八畳ほどの白い空間で、明かりとりの窓が一つかなり上にある。唯一の出入り口には取っ手がなく、外からしか開かないようだ。あとは食事の入れられている箱が扉の近くにあるのと、完全個室のトイレがあるだけ。食事もバターとトーストが一日一回出てくるだけだ。俺と女それぞれに三枚しかない。腹が減る…。
 
 さて、腹が減ったこと以外にはさほど懸案事項はない。女は本に夢中で俺になんか全く興味を抱いていない。こういうところに閉じ込められたら普通は脱出の手段を考えるもんだろ?とっくにやった。
 明かりとりの窓までは三メートル以上もあり、とてもじゃないが手なんか届かない。扉に何度も体当たりしても俺の肩が痛くなるだけだった。叫んでもなにも反応なし。
 女は無言でページをめくる。その音だけがこの空間に存在する音だ。
「なぁ…あんたはなんでこんな時にそんなに落ち着いてるんだ?」
 ……無反応。予想はしていたが、やっぱり寂しい。それにしても手持無沙汰だな……。
 パタンと本を閉じる音がした。見ると女は本を脇に置いてこちらを見ている。
「あ……。」
 女は四つん這いの姿勢でこちらに近付いてきた。
「あなたは…自分がどうしてここにいるのか理解してないみたいね。」
 日本語喋れたのか。
「俺が?理解もなにも…さっぱりだ。」
 女は俺の正面に座り込み、俺の目をまっすぐに見つめた。
「いい?私とあなたは誘拐されたの。何者かによってね。」
 それぐらい言われなくてもわかっている。夜中に腹が減って買い物に出た時に、後ろから来た人物に麻酔かなんかで眠らされてここにはこばれてきたんだ。
 女は俺の頬に手をあてた。何をしようってんだ?
「誰に誘拐されたかわかる?」
 さぁ?俺は人様から恨みを買うような真似をしたことはないし、する度胸もないからな。
 女は顔を近づける……この展開はまさか…。
「じゃあ教えてあげる…。あなたを誘拐したのは……。」
 女は俺に唇を重ねた。………柔らかい。
「私。」
 女はその事実を告げると定位置に戻ってまた本を読み始めた。思ってみればキスなんて初めてだな、俺…。
 
 女は自己紹介もせずに黙々と本を読み、たまに思い出したかのように俺に口づけする。
そんな感じのやり取りが三日続いたある日のこと。
 いい加減鬱状態になってきた俺は毎日を生きているのが苦痛になってきた。女は相変わらずに本を読んでいるだけ。俺は部屋の隅で放心している。
 ふと気付くと辺りは暗くなっており、夜だというのが分かった。
「寝てたのか…。」
 起きたところですることなんかないからまた目を閉じて眠りにつこうとしたその時だった。何かの気配が俺に近付いてきた。部屋は真っ暗で何も見えない。
「あんたか?」
 その気配は何も答えずに俺を床に押し付けた。なにか温かい空気を感じる…人の吐息か?
「はぁ…はぁ…」
 荒い息使い…俺は…ちょっぴり期待した。閉ざされた空間に女と二人きり…そうなったら健全な男子なら考えることは一緒だろう。
 そいつは俺の服を脱がしにかかった。上着…ズボン…下着…俺はされるがままに従った。
「ふふふ…元気がいいわね…。」
 間違いなくあの女の声。そしてまたしても口づけをかわす。女は俺をつかみ握りしめている…。
 俺は………
 
 その行為が終わった後に俺は聞いた。
「なんでこんなことを?」
 俺の隣で寝そべり、余韻に浸っている女は答えた。
「あなたを誘拐したのは私だって言ったでしょ?そして極限状態に置くことにより可能性を高める。あとあなたがするべきことは…。」
 女は俺の首に手を絡めた。
「私の栄養になること。」
 首筋に鋭い痛み。俺はその一撃で死んだ。
 
 そう言えばカマキリってのは交尾を終えるとメスがオスを食べるんだったっけな。
そうか…あの女…やっぱり
 
鬱々空間fin
 
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