いらっしゃいませ
 「暗いな…。」
 部屋の照明をつける。蛍光灯の無機質な光に照らされた室内はどれからも生命を感じることができなかった。
「誰もいないね。」
 鉄筋コンクリート製の建築物は建てられてから結構な年数が経っているらしく、ところどころにカビが生えていたり、壁にはひびが走っていた。
 室内には食糧品が種類別に陳列されており、量販店のような雰囲気を醸し出していた。
「誰かいませんか〜!?」
できる限りの大声で叫んでみたが、人どころか人がいた気配すらもない。
 陳列されているものに書いてある日付から、比較的最近のものということはわかるが、恐ろしく冷え切っていた。……比喩ではあるがそうとしか形容できないような感覚だ。
命の気配というか、人の手が加わった形跡というか、まるで最初からそこにあるような何とも言えない奇妙な感覚。そんな気配がこの建物全体から漂っている。
「気味が悪いね…早く出ようよ。」
「出るって言っても、もう外は真っ暗だぜ?逆に危険だ。ここがどんな場所だかわからないが、真っ暗な山の中にいるよりは安全だろ。」
 背負ってきた荷物を床に置いて一息つく。
「ねぇ…ほんとにここで一晩過ごすの?すごく気味が悪いよ?」
 こいつの感じている不安と俺の感じている違和感は同じものに端を発しているだろう。この奇妙な空間という存在に。
 
 「とにかく、ぼぉっとしてるわけにもいかないだろ。なにか食べられそうなもの……っていっぱいあるな。」
 食料品は大量に陳列されている…が、俺は本心からそれらを口にしたくないと思っていた。人間の本能というか、「それはやばい」と体で感じていた。
「えぇっ!?これ食べるの?私は嫌だよ!一晩くらい何も食べなくたって平気だよ!?」
 俺も同感だった。
「冗談だよ。勝手に人のものとるのは良くないしな。」
「それより…調べてみないか?この建物。」
 今まで黙っていたやつが急に口を開いたので俺は驚いた。
「調べるって…なにを?」
「この建物だよ。お前らも感じているだろこの違和感というか…奇妙な感覚を。」
 あえてとぼけたのだが、こいつは真面目な顔をして室内…店内といったほうがいいかもしれない…を見回している。
 照明をつけたのは入り口周辺だけだったので奥のほうは暗かった。しかし、奥の照明をつけるスイッチはどこにも見当たらなかった。
「この奇妙な店を調べてみようって言っているんだ。気味が悪くておちおちねてられない。」
 確かにコンクリートの床では体は休まらないだろう。どこか落ち着ける場所を探すべきなのだろうが、正直この場所から動きたくないという気持ちで一杯だった。
「仕方ないな。なにが起こるか分からないから三人でいこう。離れるなよ?」
「わかった。」
「了解。」
 俺は床に置いた荷物からサバイバルナイフを取り出してポケットに忍ばせた。なんとなく必要になる気がしたのだ。
 
 建物は外から見た感じだと三階建てで結構な規模があると思われた。実際に店内はかなり広かった。
「絶対に離れるなよ。」
 懐中電灯で店内を照らして進む。照らし出される食料品は、やはりどれも無機質な感じを放っていた。
「誰もいないのになんで鍵とか無かったんだろ?」
 確かに奇妙だ。これだけの商品をそのままにして鍵をかけないなんて、盗ってくださいと言っているようなもんだ。…盗る気なんてないがな。
「ほら、そこ。スイッチだ。」
 壁にスイッチがあったので押した。蛍光灯が明滅して光り始める。
「……?」
 ふと、なにやら人の気配を感じた。先ほど俺たちのいた入り口付近に誰かいるような感じがしたのだが、次にはもう完全に消えていた。
「どうした?なにかわかったか?」
「いや…ちょっとな。」
「ねぇ…階段だよ。どうする?上…行ってみるの?」
 一階のスペースをまだ完ぺきに調べ終わっていないが、従業員以外立ち入り禁止のステッカーに抗って中に入ろうという気はしない。何より…とんでもないものがありそうな予感がした。
「よし、上に行こう。足もとに気をつけろ。」
 また人の気配がした。俺たちから棚をはさんだ場所に誰かが立ってこちらを窺っているような気配。
「……お前も感じてるな。そこになにかいる…俺が見てくる。」
「ちょっと!待ってよ宮本君!」
 宮本は自分の懐中電灯を持つと棚の裏側へ回った。
「どうだ?宮本!?」
「何もいない。気のせいみたいだ。…ん?」
「どうした?」
 宮本は何かを手に戻ってきた。白い紙のようだった。
「レシートか?なんて書いてある?」
「なにも書かれてない。…とおもったら、いらっしゃいませって書いてあるぞ。気味が悪いな。」
 白い紙にはいらっしゃいませとだけタイプされていて、何やら得体の知れないものを感じた。
「捨てちまえ。気味が悪い。」
「言われなくてもそうする。」
 宮本はレシートを丸めて投げ捨てた。
「行こうか。」
 
 二階へと続く階段は不気味に暗かった。というのも一階部分に階段の照明を操作するスイッチが無かったからだ。自分たちの足音だけがしているので何か緊張する。
「怖い…。」
 こういう追い詰められた雰囲気でもなければ恋が芽生えるのかもしれない。そういったスリルを求めて、若者たちは俗に言う心霊スポットに肝試しと称して好奇心とともにやってきて、取り返しのつかない何かに出会ってしまうのだろう。だが、俺たちは全く予期せずにこの不気味な空間へと足を踏み入れてしまったのだ。
「……二階だ。どうも雑貨が多いな。」
 階段は三階へと通じていたがまずは二階から捜索してみることにした。
 生活に必要そうな日用雑貨が並んでいる。懐中電灯に照らし出されたそれらからも冷たい感じが漂ってきていた。
「スイッチが見当たらないな。」
 ここで俺は妙な感覚を覚えた。普通、量販店とかの照明のスイッチは客から押せる位置にはないはずだ。
「店と決まったわけじゃないだろ?俺たちがただ単に並んでいるものを見て勝手にそう思い込んでるだけかもしれないぜ?……ほらスイッチがあった。」
 宮本はそう言うとスイッチを押した。生命を感じさせない光は二階全体を照らした。やはり誰も人の気配はしない。
「ねぇ……戻ろうよ。三階とかもういいからさ。」
「それもそうだな。宮本、どう思う?これ以上探してもなにもなさそうだぜ。」
「だな。戻ろう。」
 その時、奥のほうに人影が見えた。俺の視力はさほど良くないが、マネキンでないのは確かだった。なぜなら俺の視線に気づいたその人影は深々とお辞儀をしたからだ。
「おい!あそこに人がいるぞ!」
「誰もいないぞ。マネキンと見間違えたんじゃないか?」
 俺はその人影がいた場所に行って確認してみたが、誰もいなかった。が、恐ろしいものが落ちていた。
「きゃああああ!!!!」
「おい!なんだそりゃ!!」
「うわあああ!!!」
 人の右手首が磨かれた床の上に落ちており、その切り取られた跡からは血が流れ出ていた。今切り取られたばかりらしく血は赤々としていた。
「だ、誰がこんなことを!?それより、俺たち以外にも誰かいたのか?」
宮本は気絶した石原を抱えながら言った。
「とりあえず。石原を休ませられる場所まで戻ろうぜ。警察に通報するのはそれからでも遅くないだろ?」
「そうだな。入口まで戻ろう。それと…圏外だ。」
 ケータイを宮本に見せながら俺は一つのことを思いついた。
「あの従業員専用スペースだったら電話くらい置いてあるんじゃないのか?」
 宮本の表情が曇る。
「あの奥はさすがにやばいぞ……。」
「手首を切り落とすようなヤバいやつが潜んでるかも知れないんだぞ?それに比べれば多少のリスクは仕方ないだろう?」
「確かにそうだが…石原を一人にするのもやばいだろ。」
「俺が一人で行く。お前は石原を見ていてくれ。」
「本気か?」
「本気さ。とりあえず戻ろう。」
 俺と石原を担いだ宮本は、俺たちの荷物が置かれている場所まで戻った。途中、またしても人の気配がした。が、俺は無視して階段を降りた。
 
 入口まで戻った俺たちは気絶した石原を床に寝かせた。
「本気でいくのか?」
「石原を頼む。十分たっても戻らなかったら石原をつれてここから逃げろ。」
「死亡フラグっぽいぜ、そのセリフ。ともかく気をつけろよ。」
「お前もな。」
 俺はサバイバルナイフと登山用の杖を構えて一回の奥へと向かった。何もないよりはましだと思っての装備だ。こう見えても俺は格闘技を少しかじっていた。
 従業員以外立ち入り禁止のステッカーは重々しい鍵よりも俺を拒んでいる。
「生きた心地がしないな…。」
 冷たく冷え切ったノブを回す。鍵はかかっていなかった。
ガチャリ…ギィ…
 鉄の扉は重々しく開いた。中からはカビのにおいがした。部屋は暗く、何も見えなかった。俺は懐中電灯を構えてさらに奥へと進んだ。
 様々な機械が並んでいた。梱包する機械やラベルを張る機械など最近まで動いていた形跡がある。
「ゴクリ……。」
 暑くもないのに汗が出る。これが冷や汗ってやつだろう、人生で初めてだ。俺の心臓は恐ろしく早くうっていた。
 また扉があった。今度は木製で白く塗られている。上を見ると「事務室」と書かれている。ここなら電話があるだろう。
 カチャ…
「ようこそ。」
 人がいた。真っ暗な室内でデスクに向って座っていた。声から察するに男のようだったが、顔も服装も真っ暗で分からなかった。懐中電灯を向けようとした瞬間に電池が切れ、辺りは暗闇に包まれた。
 俺はナイフを構えながら男に質問をした。
「あんた…誰だ。」
「誰とは失礼な。君こそ誰……いや、何だね?ここは従業員以外立ち入り禁止なんだけどな。」
 男は椅子から立ち上がりこちらに近づいてくるようだった。男からはむせ返る様な生臭い匂いが漂ってきていた。
「うちで働きたい?無理無理。人間には無理だよ。君は自分が食べる魚と一緒に仕事ができるって言うのかな?」
 五感が告げる。逃げろ!!
 逃げようと振り返った瞬間、男に肩をつかまれた。
「ま、いいよ。材料にしてあげよう。丁度材料が不足していたんだ。」
 男の手からは血が滴っていた。
「全く…入口から入ってきたからお客様かと思ったじゃないか、そしたら人間なんだもの。勘違いさせないでほしいな。入口のやつもうちの従業員が採取しに行ったから安心して。」
 急に部屋に置かれていたモニターに画像が映し出される。そこには石原と宮本が映っていた。同時にいくつかの影も。
 影は二人に近付くと静かに二人を取り込んだ。影が消えて、あとに残ったのは血だまりだった。
「う、うわぁぁぁ!!!」
「いきがいいね。いい品物になりそうだ。」
 肩に激痛が走った。
「うぐぁぁぁ!!」
 続いて背中、腰、足と全身の骨が折れていくような痛みを感じた。
「さぁてそろそろ開店の準備をしないと。お客さんが待っているからね。」
 飛びゆく意識の中、一つの言葉を聞いた。
 
いらっしゃいませ。
 
いらっしゃいませfin
 
<管理人の走り書き>
どうも、ここまで読んでいただきありがとうございます。
テーマは「奇妙な空間」です。結局スプラッタな落ちですが、割とサクサク書けました。もとはワシが見た夢です。実際は、もっとグチャグチャと血しぶきとんでました。
このお店…入ったらとっとと逃げましょうね。
 
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