〜弱音ハクために〜第一話:みっくみくに……あれ?

2008-01-08 Tue 23:36
 かわいい。これが第一印象。
 何がって?あれだよ、初音ミク。
 ニコニコで見かけたときからさ、もう俺はみっくみくなわけ。
 で、やらかしたわけだ。

 ピンポーン。
 玄関のチャイムが鳴る。俺は財布を片手にすっ飛んで行く。
「はーい!!」
 ガチャリ。
 ドアを開けたところに立っていたのは、配達員ではなかった。
 だらしなく気崩れたワイシャツ、ゆるみきったネクタイ、腰に引っ掛かっているだけのズボン、腰以上に伸びたボサボサの銀髪、この世のすべてを悲観したような赤い目。
「……誰?」
「あの、新光前市宙町12−22ってここですよね。」
 目の前の少女は(というにはちょっぴり歳があれだな。)は俺の家の住所をぶつぶつと呟いた。耳を澄まさないと聞き取れない。
「そうだけど?」
「密林に初音ミクを注文しましたよね。」
「そうだけど?なんで、君が知ってるの?」
「じゃ、ここでいいんですよね。」
「くどいなー。君は誰で俺の家に何の用なのさ?」
「お届けに上がりました。初音ミク、もとい弱音ハクです。」
 ソフトウェアじゃないのかよ。俺は何も言えずに呆然と立ち尽くした。俺がミクを注文したことは親にも、オン友、オフ友すべてに秘密だったのに、それを知っているということは間違いなくこいつは密林から送られてきたってことになる。
 まてよ?これはたちの悪い悪戯じゃないのか?……頭痛くなってきた。
「ともかく、悪い冗談はよしてください。」
「冗談って……私は大まじめですよ。」
 ハクと名乗った女の眼からボロボロと涙がこぼれる。
「あなたもなんですね!どうせ、私は役立たずですよ。歌もまともに歌えませんよ!!」
 泣きながらもうめちゃくちゃになってまくしたてるものだから、近所のおじさんおばさんが顔を出して覗いてる。
「わかった!わかったから!!とりあえずあがって!」
「うぅ……ぐすっ……。」

 放り出すのも悪いので居間にあげてお茶を入れる。ハクはおとなしく正座してきょろきょろ部屋の中を見回している。
「粗茶だけど。」
「あ、ありがとうございます。」
 沈黙……。
「ハクさんだっけ?なんでキミが来たのかな?」
「来ちゃだめでしたか……ひっく……。」
「そんなことない!そんなことない!!かわいいよ!!」
 何言ってんだ俺は、あまりの出来事に変なこと口走ってしまった。
「か、可愛い?私がですか?……」
「うん、可愛い!ミクよりかわいい!」
「は、はぁ……。」
 ハクは呆れているというよりは呆けているって感じの顔になって顔が赤くなっている。
 さてはて、どうしたものか。
 
 

〜弱音ハクために〜第二話:弱音……ハク?

2008-01-09 Wed 20:02
 はっきり言って予想してなかった。
 ミクのつもりがハクだった……のはもちろん。俺はヴォーカロイドはソフトウェアのことだと思っていたのが実は本当にヴォーカロイドだったのだ。
 ……いや、ソフトウェアだろう。
 目の前で淹れたてのお茶をふーふー冷ましながらすすっているハクは何か頭の痛い子なんだ。そうに違いない。
「ふーふー……あちち。」
「いい加減正体を現したらどうですか。」
 ハクがきょとんとした顔でこちらを見てくる。
「正体もなにも、私を注文したのはあなたですよね?」
「そうだ。だけど、俺が頼んだのはミクであってハクじゃない。」
「……。」
「悪ふざけはよしてください。新手の宗教勧誘や訪問販売の類なんでしょう?」
「うぅ……やっぱり信じてくれないんですね。」
 当然だ。
「もし、あなたが俺に注文されたって証拠があるなら見せてくれ。」
 どうせ嘘なんだからそんな証拠なんか無いはずだ。
「あ、忘れてました。……これです。」
 ハクは自分のポケットからしわくちゃの紙を取り出して俺に渡した。
『大吟醸 葉桜 \2,000』
 これについて俺はなんとコメントすればいいんだ?
「きゃー!間違えました!こっちです!!」
 ハクはもう一枚の紙を俺に無理やり押し付けた。さっきのレシートはハクが食べてしまった。
「まず……おぇぇ。」
 渡された紙は伝票だった。送り主密林、届け主俺、弱音ハク一体。
「じゃあ本当にキミは……?」
「そうです。これからよろしくお願いしますね、マスター。」
 マスター……いい響きだ。見た目と性格はミクとは全く違うが、声はほぼ一緒なんだよな……ミクよりロボ声だけど。
「そ、そんなにじろじろ見ないでください……恥ずかしいじゃないですか。」
 赤くなるハク……なんだか本当にかわいく思えてきた。
 問題は親からどう隠すかだ。俺の趣味に立体物はない、もっぱらパソコンの中にしかない。いまどきの親の癖に人の部屋に無断で入ることがある。子供が読んじゃいけなさそうな本を見つけられ、見事にタワーにされてた時は窓から新しい世界に飛び出そうと思ったほどだ。
「あ、その辺は大丈夫です。マスター不在時は私も外に出てますから。」
「うぅん、大丈夫かな?」
「気配消すのは簡単ですよ。」
 不意に玄関の戸が開く音、母が帰ってきたのだ。
「ただいまー!!おなかすいちゃったー!!」
 どすどすという足音がこちらに近づいてくる。
「早く隠れて!見つかるよ!!」
「大丈夫です。まぁみててくださいな。」
 扉が勢い良く開く。母が買い物袋を抱えて現れる。
 ハクはというと正座し微動だにしていない。
「ただいまー。なにしてるのかなー?それよりたこ焼き食べる?」
 母はまったくハクに気づいていない。
「う、うん。もらおうか。」
「あーごめーん!帰る途中で全部食べちゃったー!!」
 母のバカ笑いがこだます。いちいちうるさくてめちゃくちゃなのが母だ。
『ハク、何で気づかれないんだ?』
『動いたらばれます。』
「あー!!シャンプー買い忘れた―!もう一回いってくるねー!!」
 母はそう言うとまたどすどすと去って行った。
「ぷはぁ!」
「ハク……息止めてたのか。」
「死ぬかと思いました。」
 ただでさえよくないハクの顔色がさらに青い。
「さて、マスターこのままここにいると私が死にます。部屋に行きましょう。」
 まてよ、それって、女の子と(子というには少々年齢があれだが)二人っきりってことか?俺の人生始まったな。
「マスター?涎垂らしてどうしました?」
「お、おぅ!早くパソコンに入れてやるよ!!」
 
 

〜弱音ハクために〜第三話:インストール……する?

 「どうしたんですか?私の顔に何かついてます?」
 ハクもじっくり見てみるとかわいい。さすがミクの亜種ってところだ。ちょっと目つきが悪いがそれは逆に萌えの一つなのだ。
「早くインストールしてくださいよ。」
「お、悪い悪い。」
 俺の部屋に女と二人……ん?ハクってヴォーカロイドだよな、いわゆるロボットみたいなもんだろ?……そういうことできるのかな……?いかんいかん、俺は何を考えてるんだ。
 パソコンの電源はすでに付いている。これに一体どうやって入るって言うんだ。
「本当に入れるのかい?」
「やってみますね!」
 ハクは俺のパソコンの前に座りあちこちいじり始めた。こわさないでくれよ頼むから。

 数時間たった。何にも動きがないものだから俺はベッドに寝転がりながら漫画を読んでいる。
 ハクはというとパソコンをいじっては、
「あれー?」
「おかしいなー?」
と、ぶつぶつ言って涙目になっている。ヴォーカロイドの癖によく泣くなぁ。
「もういいよ。明日にしよう明日に。」
 もうあたりは暗い。すでに両親も帰ってきており、夕食も間近だった。
「やっぱり私は駄目な子です……。」
「気を落とさなくていいよ。」
 それにしても胸元が開きすぎだと思うんだ。ちゃんとネクタイ締めてワイシャツもちゃんときてほしい。おへそとかけしからん!!
「マ、マスター?」
 いかんいかん、またよだれを垂らしていたみたいだ。
「あー、俺は飯を食って風呂に入ってくる。お前も何か食べるのか?」
「あ、大丈夫です。自分で何とかしますから。」
「そうか?おとなしくしてろよ?」
「はーい。」
 部屋から出る時もハクはパソコンと格闘していた。
 夕食はお好み焼きだった。炭水化物と炭水化物のコラボは腹にずしりと来る。
「お好み焼きおいしーねー!!」
「お前が作ったんだろ、まったく、たまには炭水化物以外のおかずを食いたい……。」
「あははー!いいじゃんおいしーんだからー!!」
 父と母の毎日同じ会話、くだらないなー毎日のことだけど。
 風呂に入って二階へ戻る。ハクの奴まだやってるのか?
「もどったぞ……うっ!?」
 部屋に入るなりきついアルコール臭。俺の苦手な酒のにおいだ。よく見ると床には『大吟醸 葉桜』というボトルが転がっている。
「うぃー、ますたぁおかえりなひゃい!ひっく!」
 こいつ、酔っぱらってやがる……それにしてもあのボトルをどこに隠してたのかが気になる。
「ハク?なにやってんだよ!」
「ふにゃー!パソコンには入れない―!私なんか―!壊れちゃえばいいんだー!!」
 顔を真っ赤にしたハクはいきなり走りだし、俺の部屋の窓から飛び降りようとした。
「早まるなー!!」
「うぁー!私はとべるんだー!!」
 このときどさくさにまぎれてハクの胸をわしづかみしていたが、俺もあわててたし、ハクも覚えてないみたいだからよしとする。
「おちつけー!!落ち着いて俺の話を聞けー!!」
「おもちなんか食べらんないです―!!」
「もちじゃねー!!」
 もみくちゃになりつつドタバタやっているうちにバランスを崩して、俺がハクの上に覆いかぶさるような状態になった。漫画とかでよく見るあぁ言う状況みたいな感じだ。
「ま、ますたぁ……。」
「ハク……。」
 高鳴る鼓動、上がる体温、近づく二人の距離……。
「くかー。」
「んぉ!?」
 ハクはいきなり眠ってしまった。しょうがないな、全く。
 ハクをベッドに寝かせる。身長の割に軽くて俺でもお姫様だっこできたくらいだ。
「ふぅ……。」
 ハクのいじったパソコンを見てみる。……なんだこりゃ?
 全てのファイルが区別されて整理されて、いらないものはすべて消されていたうえになんだか作業スピードまで上がっていた。
「何やってたんだよこいつ……。」
 俺の気を知ってか知らずか、ハクは気持ちよさそうに寝がえりをうった。
 明日こそ、DTM的なことをしよう。……その前に俺はどこで寝ようかな……。

 

〜弱音ハクために〜第四話:音階……それって酔えますか?

 床で寝たせいで体中が痛い、おまけに寝ちがえた。首が回らない。
 ハクはというと気持ちよさそうに寝てやがる。もう時計の針は10を刺したというのに。
「おらぁ!!起きろ!!」
 思いっきりハクの布団を引っぺがす。
「んぅ……。」
 寝乱れたハクに多少興奮を覚えるが、俺の為すべきは一つだ。
「起きろ。もう昼だ。」
「ふぁ……。おはようございます、ますたぁ。」
 寝ぼけてるな。おまけに酒臭い。
「うぅー、頭痛いです。」
 二日酔いかよ。
「これでも飲んどけ、c1600。」
 さて、今日こそはDTM的なことをするんだ。初心者の俺にいきなりオリジナルはきつい。既存の曲を歌わせてみよう。
 昨日気づいたが、ハクのしているイヤホンマイクにUSB端子がついていた。ここに線をつなぐといいんだろう。
「おなかすきました。マスター。」
「ヴォーカロイドも腹減るのか。」
「ドラえもん的なものでおなかが減るんです。」
 しょうがないのでドラ焼きを放り投げてやった。
 べち。
「あぅ。」
 キャッチしろよ……。落っこちたドアラ焼きをもしゃもしゃやるハクもなかなか可愛い。髪の気少しは整えたらどうなんだろう。
「よし、じゃあ始めるぞ。」
 俺はUSBケーブルをハクに接続しようとにじり寄る。
「あ、あの……ゆっくり入れてくださいね。はじめてだから怖いです……。」
「痛くなったら我慢するなよ?」
「大丈夫です。マスターのこと信じてますから。」
 などと、この部分だけ読めば間違いなく勘違いされる会話を交わしてハクのイヤホンマイクにケーブルをぶち込む。
「んあぁ……。」
 ぷるぷる震えているが本当に大丈夫なのか?
 パソコンにはハクの操作画面が出てきた。おぉーこれは難しそうだ。とりあえずその辺で拾ってきた某みっくみくでも歌わせてみよう。
 データを入力して送信を押す。ハクがぴくんとしなった。
「かがーくーのーげんかいをーこえてー……。」
 うぎゃあ、ひどいなこれは。俺の腕もあるんだろうが、ハクの声はひどいロボ声だ。
「わーもういいもういい!!悪かった!俺が悪かった!!」
「何のことですか?」
「うーん、何が足りないんだろう。」
「経験でしょうね。」
 図星突かれてムカついたので卑猥な言葉を言わせてやった。
「ピーーーーーーーーー。」
「なんかもぞもぞしてきた。」
「うぅーぐす……。」
「そういえば気になったんだけど、髪の毛とか抜けないの?」
「これ、人工毛髪です。引っ張らない限り抜けませんよ。抜けても同じ長さに生えるので髪型が半永久的に変わらないんです。」
 無駄に高性能だな。

 ……ま、一つ言えるのは俺に音楽の才能がないこと、ハクは恐ろしく扱いづらいことだった。
 こんな調子でやっていけるのだろうか。

〜弱音ハクために〜第五話:才能……何それおいしいの?

 正直、ここまで難しいとは思わなかった。ノリでどうにかなるとか思っていた一週間前の自分をぶん殴りたい。
 ソフトウェアならともかく、ヒューマノイドが来るとは思わなかった。ほかのDTMマスターたちもヴォーカロイドを飼っているのか?
「うぅ……。ぐす……。」
 ハクはと言うとずっと部屋の隅っこでうずくまって泣いている。俺にはかける言葉が見つからない。自分のせいでもあるし、半分はハクの実力でもある。下手なこと言って余計に傷つけたくはない。
 そりゃ、ハクはヴォーカロイドさ。でもそれ以前に女の子じゃないか。俺は女の子泣かしたのか……?
「ひぐ……どうせ……。」
 ハクは一向に泣きやまない。
「な、なぁ……そんな気に病むなよ。」
 ハクに向かって慰めの言葉をかけてみる……。
「うぅ……私が悪いんです。私がふがいないから。私が駄目だから。」
 ハクは余計に泣き始めた。
「私みたいなポンコツ壊れちゃえばいいんです!!」
 ハクは自分のリボンに手を突っ込み一升瓶を取り出した。どうなってるんだそのリボン。……じゃなくて、酒飲むんじゃない!
 と、思った瞬間には、ハクは一升瓶をラッパ飲みしていた。
「お、おい!!」
「ぷはぁ!!うぃー、ますたぁ、私のことをエッチな目で見てますねー。」
 酒ってそんなに早く酔うものか?
 一気に酔っぱらったハクは俺ににじり寄る。手には一升瓶。とられる……!?
「罰ですぅ!!」
 ハクは大きく振りかぶり、そのまんま……倒れた。
「くかー。」
 なんだ、ヴォーカロイドってなんなんだ!!
 まだ、午後三時だというのに。
 そのあと、ハクは一時間ほどしたら起きた。
「あぅ、また私やっちゃいましたね……。」
「ま、まぁいいさ。もう一回練習するか?」
「ですね。くよくよしてても始まらないです。」
「おっけい。」
 その日はハクのロボ声と俺のテラMIDIが近所迷惑になった。俺は母にしこたま怒られ、ハクの存在もばれてしまった。
「ハクちゃんかー!可愛いねー!!」
「そ、そんなことないです。」
「うぅーかわいいよぉ!」
 俺の母ははっきり言って適当な人間だ。こんなのでよく今まで生きてこられたなってたまに思う。そして、俺はそんな母にになくてよかったとつくづく思う。
 ハクは終始困ったような顔をしていたが、どうもあれがデフォのようだ。

 笑った顔……見てみたいな。
yowanehaku.jpg
 
 

〜弱音ハクために〜第六話:無数の塵の一つだと……理解できない?

「俺が言うのもなんだが、お前にピンクは似合わないな。」
 母が勝手に買ってきたピンクの服を着せてみたが、どうもしっくりこない。こいつには暗い色が似合うな、やっぱり。もちろんいい意味で。
「なんだか落ち着きません。」
 ハクもなんだかもぞもぞしてずっとはにかんでいる。
「もう着替えていいぞ。俺はお茶でも持ってくるから。」
「はい、すいませんマスター。」
 部屋を出て一階まで降りると母が居間でニヤニヤしながら待っていた。
「……なんだよ?」
「お茶?はいこれ。」
「何でわかるんだよ?」
「いちおう、おかーさんだからねー!!」
 わけがわからない。話し込むと逆に疲れる。だからって俺は母が嫌いでも苦手でもない。もしそうだとしたら俺は本当に引きこもってるさ。
 言っておくが、俺はニートじゃない。……フリーターだ。
 お茶とお茶菓子をもって部屋のドアを足で無造作に開ける。
「ハク―緑茶でいいよ……。」
 時間が凍った。なんだって丁度上着を脱いでいるところに出くわすかな、俺。目もあっちゃったし。
「っーーーーーー!!!!!!」
「す、すまん!!ごゆっくりぃっ!!」
 お茶をこぼさないですんだのは奇跡だな。
 二分ほどでハクが中から声をかけてきた。
「マスター。もういいですよ……すいません。」
「俺も悪かったな。お詫びに甘いものを上げよう。」
「へ?」
 ドラ焼きを放り投げる。
 べち。
「あう。」
「キャッチしろよ。」
 ハクが家にきて一週間が過ぎた。自分で言うのもなんだが、ハクの扱いにも慣れてきたな。一人ぼっちにしておくとすぐ酒をあおったり。なんだかんだで一生懸命だったり。すぐに泣いたり。弱音吐き散らかしたり。
 俺がへこたれてる暇なんか無かったな。なんか、ハクを見てると俺が頑張らなくちゃいけない気になるからなー。
「マスター。これおいしーでう。」
 ドラ焼きをもしゃもしゃやってるハクを見ているとなんて言うか癒されるなー。おとなしく座ってればかわいい女の子なのに。
「それ食ったら今日の練習だ。」
「ふぁい!」

「あーんいんすとーる、あーんいんすとーる、このほしのーむすーのーちりのー……。」
 ハクがこの曲を歌うと半端なく不安になる。
「俺が悪かった。許せハク。」
「私、またやらかしましたか?」
「いや、悪いのは俺だ。ぎゅってしていいかハク?」
「ほぇ?」
 ハクを抱きしめてみる。何だかやせっぽっちで今にも折れてしまいそうな気がした。
「ま、ますたぁ……あの、その、ふぇぇ……。」
 ハクが壊れそうだな。これぐらいにしておいてやるか。

「ハクって一体設定何歳なんだ?ミクは16らしいけど。」
「じゃあ、16なんじゃないですか?」
「俺にはそうは見えないなー。18くらいだろ。」
「何かちょっと凹みます。」

 さすがにハクを閉じ込めておくのもよろしくないので、天気のいい夜(昼間だと目立つからな)には、川らをほっつき歩いたり、公園で砂遊びしたりしている。
「マスター、星がきれいですね。」
「おぉ……普段星空なんか見ないもんな。すごい星だな。」
「もったいないです。もっと空見ましょうよ。」
「それもそうだな……。」
 思えば、俺はしたばかり向いて歩いていた気がする。

 受験で失敗して、浪人するのもいやで、フリーターになった。
 その毎日はつまらないものだった。仕事から帰っては横になり、朝は昼過ぎまで寝て、起きたらすぐにパソコンを付けて……。
 死んでいないだけで生きていない生活。色なんかとっくの昔になくなった。目から光も消えていただろうな。
 そんなとき、初音ミクを見かけた。俺にもやりたいことが久々にできた。
「俺にも伝えたいことあるのかな。」
 そう思った俺は密林に注文していた。
 手違いから始まったかもしれないが、ハクは俺にとって掛け替えのないパートナーなんだ。
 ……ハクがいなければ、この星空を見上げることもなかっただろうな。

「ハク……。」
「はい?」
「呼んでみただけだ。」
「変なマスター。風邪でも引きましたか?」
「てめぇ……。」
「冗談です。ひえるからもどりま……へっくし!」
「お前こそ風邪ひくなよ、へそなんぞ出したままにして。」
 これからもよろしくな、ハク。

〜弱音ハクために〜第七話:一人……ぼっち?

 ハクはたまにだがぼーっとしていることがある。それこそなにも耳に入らないといった感じで。
 俺が話しかけても反応しないで空を見ている。うつ病の危険性でもあるのか?
 ヴォーカロイドにうつ病何かあるのか?でも、人間とほとんど同じだしな……心もあるという話だし。
「なぁハク、ぼーっとして一体何を考え込んでるんだ?」
 あまりにもぼーっとしている時のハクの顔が寂しそうなので理由を聞いてみることにした。
「あ、いや、いやならいいんだぞ?」
「……あれは、私がまだできたての頃です。」
 ハクは静かな声で語りだした。

 私がヴォーカロイドとしてこの世界に生まれたとき……周りは技師や機械や……とにかくひどく無機的でした。
 私はヴォーカロイドとして世に出るためにさまざまなテストや調整を受けました。退屈で辛い日々。同じ毎日が過ぎていきました。
 私は何のために存在しているのだろう?
 そう、何度も思って、ふさぎこんでは周りの人たちに迷惑をかけました。
 そんなときでした。ひとり、食堂で昼食をとっている時でした。
「ここ、いいかな?」
 顔をあげて話しかけてきた人を見ると、きれいな人がそこに立ってました。ここには女性はいないから、この人もヴォーカロイドなんだろうとすぐにわかりました。
「……どうぞ。」
 その人は私の向かい側に座って、支給されたパンをかじり始めました。
「きみ、暗いよ。」
「そういう、設定ですから。」
「そっか。」
 沈黙。
「なんかさ、暗いのはいいとして、きみ、前向こうよ。ヴォーカロイドでしょ?」
「無理です。」
「うぅん、こいつは相当まいってるね。」
 それが彼女との出会いでした。
 彼女とはよく、一緒に食事をした。彼女と話すうちに退屈な日々がだんだんと楽しいものになっっていきました。
 今日のテストはどうだった?このパン美味しくないよね。どんなマスターに貰われていくのかな。とか、そんな他愛のない話。
「きみ、もう少しでテスト終わるんだってね。」
「はい、明後日にマスターのところに貰われていくんです。」
「よかったね。顔もだいぶ明るくなったし。」
「そうですか?」
「うん。こうして一緒に食事するのも今日が最後だね。」
「あ……。」
 目の前でにこやかにほほ笑むこの人とは……もう会えない。
「私、あなたのこと忘れません。」
「……そう言ってくれると嬉しいよ。」

 いよいよ明日出発の夜。自分の部屋で寝ていた私はドアの開く音に気づいて起きました。
「……だれ?」
「や。」
 あの人が立っていました。
「こんな時間に出歩いて大丈夫なんですか?」
「へーきへーき。お話しようよ?」
 その人は私のベッドに座りこんで話し始めました。いつもと同じ他愛のない話。
「私もね……きみに会えてよかったよ。正直、私も辟易してたんだ。」
「そうだったんですか……。」
「きみが行く前に見せたいものがあるんだ。」
 その人は私の手を引いて廊下に出ました。夜になると、窓は全部閉まって本当に真っ暗になります。
「ちょっと待ってて。」
 その人は窓の操作盤をいじりはじめました。
「いいんですか?そんなことして。」
「へーきへーき。私にこれを見せてくれた人がいるからさ。」
 窓が急に開く音がしました。空には輝く星たち。
「わぁ……。」
「すごいでしょ?これを見せたかったんだ。」
「きれいです。」
「うん。」
 もう、何分、何時間そうしていたかわかりません。ただ、ずっと星を眺めていました。
「きみ、部屋に戻りたまえ。」
 いきなり太い声で話しかけられて驚く、見ると警備スタッフが私の肩をつかんでいた。あの人の姿は、ありませんでした。
 逃げたのか、捕まったのか、……どっちにしても、もう会えない。
「……はい。」

「キミの行先はここだ。今までよく頑張ったなハク。キミは立派なヴォーカロイドだ。」
 研究主任に頭をなでられ、私は出発しました。
 行きのバスに乗ろうと思った瞬間、私の名を呼ぶ声がありました。
「ハクー!!いってらっしゃーい!!」
 研究所の窓からあの人が手を振っているのが見えました。
「あ、あー!meikoさーん!!」
「がんばってねー!!」
「は、はい!!」
 バスは研究所を出発して……。

「空をみると、meikoさんを思い出すんです。あの人、いい人に貰われたんでしょうか……。」
「きっといい人に貰われたさ。さ、練習だー。」
「はい!」
 

〜弱音ハクために〜第八話:電池……あるかりぃ〜?

「ハク。」
「はい?」
 部屋の隅っこでスコアを読んでいたハクに話しかける。何も隅っこに行くことはないと思うが、本人が落ち着くといっているのだから仕方がない。
「風呂入ったらどうだ?なんて言うか……におうぞ。」
「すんすん……。あぅ。」
 女の子に匂いのこと言うのもどうかと思うが、女の子なんだから少し気を付けてほしい。
「着替えならお袋にいえば出してくれると思うぞ?」
 風呂は勿論、一週間以上着替えてないから、ワイシャツはさらにしわしわ、ズボンはさらにヨレヨレ、リボンもへたばってる。
「でも、私精密機械ですから……。」
「インカムくらいはずせ。」
「でもでも……。」
 あまりにもしつこいのでハクを片手で拾い上げて居間に連れていく。ハクは軽いから俺みたいなへなちょこでも担げる。
「おろしてくださいー!!うわぁぁぁぁ!!」
 居間ではお袋がテレビ見ながらお茶菓子をぱくついていた。
「お袋、ハクを風呂に入れてやってくれ。」
「私は犬ですか……。」
「ん〜、着替えならあるから、勝手に入っていいよ?洗濯しておくからー。」
 そう言われたハクは、しぶしぶといった表情で風呂場に向かった。
 さて、手持無沙汰になった俺はハクの説明書を見直してみる。
『二日にいっぺんは燃料(アルコール)を与えてください。』
 なんだと、もう一週間燃料を与えてないってことになるのか。俺、下戸なんだよなー、ビール一杯で伸びちまうんだよな。
『日本酒がベスト。』
 ふざけろ、一口飲んでぶっ倒れた俺に死ねって言ってるようなもんだな。
 ……まて、落ち着け俺。何も俺は飲まなくていいんだ。勝手に飲ませておけばいい。
『それをやってくれれば基本的に何してもオーケーですが、決して投げ出さないでください。』
 百も承知。……だろう。
 一人ボケ突っ込みをしているとぺたぺたと階段を上がる音が聞こえた。ハクが風呂から上がったんだろう。
がちゃり。
「いいお湯でした。」
 髪の毛をすっかりおろして、髪も湿気でぺたーってなってて、薄紫のパジャマ着て、顔を紅潮させて……。
「マスター?涎垂らしてアメでも舐めてるんですか?」
「おるぅ!?」
じゅる。
「きにすんな!!それより、これ飲んでいいぞ。」
 あのときの大吟醸 葉桜は空になってなかったからベッドの下に隠しておいたんだよな。
「マスターも一杯やりましょうよ?」
「俺は下戸だ。だが、いっぱいなら付き合ってやってもいい。」
 ハクの酌で日本酒をきゅーってやって……あとは覚えてない。朝、凄まじい頭痛に起きたら、半裸(パジャマのズボンが脱げた状態)のハクが俺の隣で寝ていたってことには腰を抜かした。
 二日酔いには何がいいんだっけ……。
 
 

〜弱音ハクために〜第九話:忘れた約束、戻ってこない時間。

「ねぇ、おかあさん、これほしい。」
 母は困った顔で言った。
「また、すぐあきるでしょ?だめだめ、あんたはそれでいいかもしれないけど、忘れられたこの子はどうなるの?暗い部屋の中ですっと一人ぼっちなんだよ?」
「ずっと大切にするもん。」
「これが最後だからね。」
 買ってもらった猫のぬいぐるみ、もうどこへ行ったか思い出せない。

「……なつかしいな。」
 相変わらずハクは寝起きが悪い。俺より早く起きたことは一度としてない。
「起きろハク。朝だぞ。」
「あぅ……もうちょっと寝かせてください。」
「俺より先に寝た癖に何を言うか。起きろ。」
 ハクの布団を思い切り引っぺがす。
「寒いですーマスター毛布返して下さい―。」
「知るか、起きろ。」
「あぅ……。」
 しぶしぶといった顔で起き上がるハク。
「おはようございマスター。」
「そういうのは起きて一番に言え。それとふざけるな。」
「じょうだんですよ。」
 思いっきり口に指を突っ込んで左右に引き伸ばしてやる。
「ひはい!ひはいへふ!!」

 夢に出てきた猫が気になって部屋中を探してみる。
 押入れ、箪笥、うぅむ。
「マスター何を探しているんですか?」
 ハクがほこりをかぶりながら俺にたずねてきた。
「うぉ!ハクすまん、っていうかよけろよ。」
「へっくし!!!」
 ほこりまみれになる部屋。窓くらい開ければよかった。
「いや、ちょっと探しものをな。」
「えっちなほんならママさんが捨てちゃいましたよ。」
「どうりで見当たらないわけだ。……なんでお前は部屋にいながら抵抗しなかったんだよ。」
「居候ですから。」
「正確にいえば俺の所有物だ。」
「物みたいに言わないでほしいです。」
「もういいよ。」
「よくないです!!」
 ハクが俺の背中をぺちぺちやりながら怒っている。物扱いされたのがそんなに嫌だったらしい。
「わるかった!!謝るよ!!」
 あまりにもしつこいので謝った。ハクは涙目になっていた。
「わかればいいんです。」

 作業を再開する。卒業アルバムやら、昔のノートがごろごろでてくる。ハクはそれを拾い上げては「マスターはこれですか?」とか、「マスター数学苦手なんですか?」とか、「きゃーエッチな本何冊隠してるんですかー!!」とかやかましいったらしょうがない。
 それでも、肝心の猫は見つからない。諦めようかなって思ったときだった。
「マスター。この猫さん、かわいいです。」
 ハクがいつの間にやら俺が捜していた猫を見つけた。小さい頃風呂とトイレ以外どこでも連れ歩いたせいで猫はくたくたになって色もだいぶくすんでしまっていた。
「それ、お前にやるよ。俺の親友だ。」
「え、いいんですか?」
「そいつも久々に俺に会って喜んでるだろうさ。」
 心なしか猫が笑って見えたような気がした。
「名前とかあるんですか?」
「……なんだったっけな。……あーそうだ、思いだした。」
 この猫、最初は真っ白だったからハクって名前つけたんだった。
「私と同じ名前ですか……私のことは忘れないでくださいね。」
「あぁ。」
 
 

〜弱音ハクために〜第十話:ハク?

 なんだか昨日から、ハクが口をきいてくれない。
 練習しようと思っても、顔をそらして逃げ出して、居間でおふくろと一緒に茶を飲んでいる。
「ドラ焼き食うか?」
「きゃぅ!!」
 変な声を出しては逃げていってしまう。
 俺が何かしたか?
「俺が何かしたか?何なんだよ昨日から!!」
 ハクは俺の顔を一目見ただけで顔を赤くして逃げようとする。」
「ちょっとトイレに行ってきます。」
「行く必要ないだろ。」
「ママさんにお使い頼まれてました。」
「お袋はしょっちゅう買い物に行くから行く必要ない。」
「お洗濯しないと……。」
「外ではためいてるのはシャツだと思うが?」
「お風呂入ってきます!!」
「沸いてない。」
「あぅー。」
 観念した様子でしゃがみ込むハク。どうしてくれようか?まずねこみみでもつけてみるか。
「何をするんですかー?……これに何の意味が?」
 ぐはぁ!やばい、可愛い……ってちがうちがう。
「何で俺から逃げるんだ?」
 ハクはうつむくと俺のパソコンを指差した。
「マスター……エッチな画像保存しすぎです。接続するたび流れ込んできて……。」
 ハクの顔は真っ赤だ。
「うるさい!俺のパソコンなんだからどうしようと勝手だろ!?」

 その一時間後、エロ画像は全部消去した。ハクにそういうカッコさせればいいんだからな!!……もちろん冗談だが。
「マスターは胸大きいほうが好きなのですか?」
「んー、大きいに越したことはないけど、大きすぎるのもあんまりだな。」
「私はどうですか?」
「改善の余地あり。」
「多くを求めるとろくなことになりませんよ?」
 
 

〜弱音ハクために〜第十一話:卵と目玉の接点

「マスター。これはどうすればいいんですか?」
「ほっておけ、俺がやる。」
「熱っ!!」
「大丈夫か!?……ほら、早く冷やせ。」
「痛いです―……ぐすっ……。」
「大したことないから大丈夫だ。お前は座ってればいいんだ。」
「でも、私もお手伝いしたいです。」
「お前はボーカロイドだろ?歌以外はからっきしだろ。」
「それはそうですけど……でもでも!」
「はぁ〜……じゃあ卵割ってくれ。」
「はい!!……きゃああ!!」

 急に両親が旅行に行くとか言って、一週間ほどハクと二人きりにされた。っていうか、俺も連れてけ。
「マスター上手ですね。」
「目玉焼きくらい誰だってできるさ。」
「え、これって目玉なんですか!?卵の中身は目玉だったなんて……。」
「ちがうちがう!この料理が目玉焼きって名前なんだよ!」
「でも、目玉はいってないじゃないですか?」
「目玉みたいだからだよ。」
「私にはそうは見えないです。」
「ともかくそういう名前なの!!」
「きゃぅ!!」
 晩飯を作ろうと、台所で格闘しているが、なにぶん料理なんて高校の調理実習でやっただけだ。たががしれている。
 それに脇でハクがきゃいきゃい騒ぐからうるさくてしょうがない。
「だーっ!!うるせぇ!!座ってろ!!」
「はい!」
 あまりにもうるさいので座らせておいた。ひとりでテレビの歌番組見てぶつぶつ言い始めた。

 数分後、若干焦げた目玉焼きとインスタントの味噌汁とサラダと芯の残った米。
「文句言うなよ?」
「おいしいです。マスター。」
「お世辞はいらないよ。」
「ご飯作ってくれてうれしいです。」
「ついでだからな。それにお前も食べないと辛いだろ?」
「動けなくなります。」
「だろ?」
 なんというか、質素とも言えない料理をおいしいと言って食べてくれるこいつが無償に可愛くなってきた。
「ハク。」
「はい?」
「ぎゅってしていいか?」
「ふぇ!?」
「冗談だよ。」
「ふぁ……。」
「と、見せかけて。」
 ハクを抱きしめてみる。相変わらず細くて、軽くて、ちょっぴり冷たい。そんでもって確かな感触。
「ま、マスター……ふぁぁ……。」
 いかん、ハクの頭から湯気が出ている。壊れる前にハクを放す。
「マスターってあったかいんですね。」
「そうか?」
「……。」
 意味ありげな顔で見つめるハク……なんだか、視線が熱っぽいなぁ。
「ま、ますたぁ……。」
 ハクがじりじりとにじり寄ってくる。なんだ、何をしようって言うんだ!!
「ご飯粒ついてます。」
 口元に指を伸ばしてハクは米粒をさっと取った。
「だらしないです。」
「……かえせ。」
「何をですか?」
「俺の期待を返せ!!」

「マスター、はずしてくださいよー!!」
 ねこみみがピコピコ動く。
「だめ、今日はずっとそのまんまな。」
「あぅー!」

 そういや、最近俺の腕も上がってきたなぁ……と自賛する。
 
 

〜弱音ハクために〜第十二話:好き?

「よし、今日はこれぐらいかな。おつかれさん。」
「ふぅ……お疲れ様です。」
「だんだん歌上手くなってるぞ、ハク。」
「マスターの腕がいいからです。」
 多少照れながらハクは答える。
「そうか?」
 うなずくハク。
「今日ももう遅いから、寝るぞ。」
「ハイ。」
 お互いの寝床に入り込み、俺が電気を消す。
 部屋は暗くなる。
「おやすみ、ハク。」
「……はい。」
 俺はすぐにまどろみ、眠りの世界に入って行った。

「マスター、お帰りなさい。」
 エプロンを付けて玄関まで出てくるハク。俺はハクに鞄を渡す。
「今日も怒られっぱなしだったよ。」
「お疲れ様です。」
「今日はカレーか?うまそうなにおいだな。」
「マスターが好きだって言ってくれたからです。」
「マスターはやめないか?おれたちはもう……。」

「ふにゃ〜、マスター……。」
 ハクが寝ている俺の上におっこってきやがった。しかも、本人は寝たままだ。
「マスター、好きです……。くか〜。」
 何を突然言い出すんだ。あまりのことに俺は大声をあげそうになった。
「マスター……むにゅう……。」
 ……正直、嬉しかった。俺のことを好く人間なんて数えるほどもいない……。好きと言われたのももう記憶にないくらいの昔だ。
「……どういう意味での好きなのか……。」
 ハクを抱えてベッドに戻してやる。寝顔からは日ごろの暗さはみじんも感じない。
「こいつには、俺しかいないんだな。」
 当然と言えば当然、至極当たり前のこと。
 こいつのマスターは後にも先にも俺一人。こいつを大切にしてやらないとな。
「俺も、好きだよ。」
 本人同士の気づかない告白。それでいいさ。
 こいつが弱音をはける世界を作るのが、マスターの俺の仕事だ。

 伝えたいこと、俺にもあるのかな?
 
 私が一緒に探してあげます。

 助かるよ。

 でも、探すのはマスターです。私はそのお手伝いをするだけです。

 それはいいけど、お前、弱音吐いてばかりじゃないか。

 あれ?

 しょうがない、お前は弱音吐いてろ。俺が頑張る。

 でも、それじゃお手伝いになりません。

 お前が弱音ハクために、俺は弱音吐かない。だから、心配しなくていい。

「マスター、おはようございます。」
 いつの間にか寝てしまったようだ。ハクが着替えてちょこんと座っている。
「朝ごはん、作ってみましたけど……どうですかね?」
 不細工なおにぎり。形は崩れて、のりもふにゃふにゃだ。
 ひとつ、つまんで食べてみた。塩がだまになってる。しょっぱい。
「まずい。」
「すいません……。」
「嘘だよ。わざわざありがとうな。」
 ハクが赤くなる。
「ほぇ?」
「さ、飯も食ったし、今日も練習だ。」
「あ、はい!!」

 なんだかんだで、今日もハクと一緒に同じ一日。

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