食器ぐらい片付けるのを手伝ってくれてもいいと思う。ただ流しに運ぶだけなのに、風は食べ終えるとじっと俺を見つめるだけだ。……まるで空気でも食ってるような気分になるからやめてほしい。
ここのところやきそばばかり食べている。俺の昼飯は学食だが、風は俺が作り置きしておいたやきそばを昼飯にしている。一日のうち二食がやきそばばかりであきないのだろうか?
食器をあらかた片付け、かごに放り込んで風の正面に座る。こいつは横顔も白いな。銀と言うよりは白に近い髪の毛はつやつやしている。性格とその髪の毛さえなければ美少女だよなぁ……。
髪の毛はとかしてないものだからボサボサ(最初は地面につくほど長かったが、鬱陶しいので美容院で肩で揃えてもらった。美容師にやたらめったら質問しまくり、俺はずっと冷や汗をかいていた。)だし、服はセーラー服。私物は黒い本だけ。
白すぎる肌には無数の傷がある、服の下に隠れて見えないのが幸いだ。手術の後のようなものや、斬り傷、やけど……痛々しくて見ていられない。その傷を見るたびに、こいつは人造人間(ホムンクルス)なんだなと思ってしまう自分がいる。
むしゃくしゃしながら、どんな服を買いに行くのかを考えていた。……やっぱり清楚な感じかな?いやいや、むしろ派手な方がいいかもしれない。うむぅ、露出が多いのはいかん。ま、何をするにしろあいつの趣味次第だな。
二日目。
「ぐー。」
いつもの音、誰かの視線。
「……おはよう、風。」
「おはよう。」
俺の寝顔をじっと見つめるのはこいつの趣味なのか?
今日も同じ時間に起きる。こいつの腹時計は何者よりも正確だ。休日なんだからもう少し寝かせてほしい。
だが、俺の考えを知ってか知らずか、赤い二つの目は俺を視界にとらえつづけている。
「……どけ、起きられないじゃないか。」
「そう。」
俺はむくりと起き上り、風を一瞥する。……下着の上にシャツ一枚と短パンか……そろそろ寝まきも買ってやらないとな。
「おなかすいた。」
「あのなぁ、少しは自分でやってみようって気はないのか?自分の飯くらい自分で作ってくれると俺は助かる。」
風は黙って台所を指さした。……わかったよ、マイマスター……。
と、いったものの、食材は無い。俺はそこそこ料理ができるが好きというわけじゃないので、安いと思ったものを買いだめするのだが……見事にすっきりさっぱりだ。
風は腹が減ると何でも食う癖がある。前に昼飯を作り忘れた時にキャベツを丸ごとかじっていた。青虫でもそんなことはしないと思う。
幸いというかなんと言うか……食パンが残っていた。つけるものは……おやつ代わりに風が舐めやがるせいで、ない。
「ぐー。」
「ほら、これでも齧ってろ。俺はいらないから。」
「いただきます。」
そう言えば、こいつは肉料理を食べない。
前にひき肉が安かった時にハンバーグを作って出したら、明らかな拒絶のまなざしで俺を見つめた。焼き肉はもちろん(俺だって滅多に食えない)、ソーセージにすら手を出さない。……好き嫌いはよくないから今度こっそり何かしてみるか。
「買い物に行くのに着る服がないな。……仕方ないな、セーラー服でいいだろ。」
「服……これじゃ、だめ?」
さすがにそのよれよれTシャツとブカブカ短パンはないだろ。
「そう?おかね、大丈夫なの?」
「その心配をお前がする必要はないさ。大船に乗った気でいろ。」
「どろのふね。」
「殴るぞ。」
やはりというかなんと言うか、食い終わるなり服を脱ぎ始めたことには驚いた。
なんだかこいつ楽しんでないか?
「さて、行くか?」
「うん。」
秋の空気はいささか冷たい。俺の上着を風にかけてやる。男ものだから結構ブカブカだ。
「あったかい。ありがと。」
「……おどろいたな、お前も寒いと思っていたのか?いっつも鈍感だから感じてないのかと思った。」
「しつれいな風味。」
そう言うと風はてくてくと歩いて行ってしまった。
「怒ったのか?……ますます驚きだ。」
「おこった。」
「ごめんなさい。」
「わかれば、いい。」
なんだか最近感情表現が豊かになってきている気がする……。
俺は流行のファッションとかは興味がない。と、言うよりは余裕がない。ので、もっぱら古着かウニクロで済ませている。
街中のいわゆる「流行りの店」に来てみた。俺なんかがいちゃいけなさそうな雰囲気だ。
ドアを開けて入る。こじゃれた音楽とチャラチャラしたインテリアが俺の趣味にそぐわない。
「いっらしゃいませぇ?なにか、おさがしですかぁ?」
店員じゃなければ俺は殴り飛ばすところだ。
「この娘に似合う服とか探してるんですが、この娘疎いもんで……お任せでなにか見繕ってやってください。」
「わぁかりましたぁ?」
風はそのまま店内に拉致されていった。
数分、流行について探ってみようと思ったのだが……読めない、何が流行っているかだなんてわからない!
「風味?」
「おぅ、早かったな……!!!?」
ほんのり顔を赤くして立っていた風は、要するに「いまどきの女の子」の格好をさせられていた。
「ワタシなんだか、いや。」
だろうな、俺も嫌だ。
適当に断わりをつけて店を出る。あんまりにも店員が鬱陶しいので、唯一風が欲しがった帽子を買った。1000円て……。
「どうする?ウニクロでいいか?」
「うん。」
俺が言う言葉を聞いてないな、こいつ。帽子をくるくる回して遊んでいる。
「気にいったのか?その帽子。」
「うん。」
「家の中でかぶったら俺がその帽子もらうからな?」
「わかった。」
結局のところ、ウニクロで服を見つくろった。風には変に着飾るより、こういうおとなしい感じの服が似合う。……不覚にも俺は風をかわいいと思ってしまった。
昼飯は……どうしようかな?……正直なところ、俺は食事に頓着は無い。食えればいい、という主婦の天敵だ。
「何か食べたいものあるか?」
どうせ俺の顔をじっと見つめるだけで、腹の音を鳴らすだけだろうと思ったが、ちょっと違う反応が返ってきた。
「風味が食べたいものでいい。」
「それがないからお前に聞いたんだが?」
「……うどん。」
「お前、麺類好きだな。」
それを聞いてむっとしたのか、そっぽを向いてしまった。
「わかったよ!あそこのうどん屋でなんか食おう。」
「そう。」
道端のうどん屋に入って席に着く。お昼時とあってか、結構繁盛している。
「お冷をどうぞ。」
「どうも。」
バイトさんがお冷を迅速に運んできた。ふむ、和風な制服がかわいいではないか。
「ご注文がお決まりになりましたらおよびくださいませ。」
風はメニューをまじまじと見つめている。……さっきおかれたばかりなのに、お冷は既に空になっている。風の口がボリボリ言っているところを見ると、氷も食ったらしい。
「月見うどんってどんなの?」
「卵が乗っているうどんだよ。昼間だから俺は推奨しない。」
「じゃあ、これ。」
俺も適当に盛りうどんを頼んだ。数分後、存外に早くうどんがきた。……しまった、大盛りにしておけばよかった。
「これは、なに?」
テーブルの端に置いてあった七味を見つめながら目をぱちくりさせている。……ここで一つ姦計をしかけてみよう。
「魔法のスパイスだよ。かけるとうまみがぐっと増える。だまされたと思ってかけてみろ。」
「……。」
なぜだか風はじとっとした眼で俺を睨みつけた。
「じゃあ、風味のうどんにかけてあげる。おいしくなる。」
風は七味の瓶の蓋をあけ、俺の盛りうどんにかけまくりやがった。
「ぎゃー!!」
「めしあがれ。」
こ、こいつ、わかっていてやったな!伊達に本ばかり読んでいるわけじゃないのか!
「嘘ついた罰。」
風は涼しい顔をして自分のうどんをすすっている。……辛いぜ、まったく。のどはもちろんながら、胃まで辛い気がする。み、水を……。
会計を済ませて外に出る。まだ日は高いし、夕飯の買い物をするにはちょっと早い気がする。
風が家に来る前は休日は寝てばかりいたな。外はこんなにいい天気なのに。
「さ、て。どうするかな……。」
俺の影に隠れるように立っている風はぼぉっと俺を見つめているだけだ。
「しゃあない。買い物に行って早めに帰ろう。」
「そう。」
商店街で買う方が安いのは知っているが、いろいろな店を回るのが面倒くさい。ので、俺はもっぱらスーパーなマーケットを利用する。
さすがに昼飯時も終わり、店員は暇そうにしている。
「バイト代出たばかりだし、お袋から小遣い多めに届いたし、拾った宝くじで一万円当たったから好きなもんかってやる。」
「これはなに?」
特別上等なメロンをコンコン叩きながら俺に話しかけてきやがる。ひと玉……5000円?冗談はその生まれだけにしておけ、風。
「もっとかわいらしいものとか欲しがらないのか?チョコレートとか、流行りのお菓子とか。」
「じゃあ、これ食べたい。」
……『うまい!いか足!』?酒のつまみかよ。
「俺は下戸だ。」
「じゃあ、これ。」
……お前、よく素手で生魚つかめるな。サンマか、いいかもしれないな。安いし。
「よしわかった……袋に入れて持ってこい。」
そう言いながら俺はインスタントヌードルを物色する。風の昼飯だからな。……おっと、リクエストの品も買って……と。
「これ、ほしい。」
風はガムのボトルを持っている。こいつのことだ、勝ったが最後、一期に全部食うに違いない。
「却下。」
「……。」
その寂しい目をやめろ!
「わかったよ、マイマスター。」
心なしか風が笑ったような、そんな気がした。
家に戻って一息つく。風はというと、袋の中からガムを取り出して早速くちゃくちゃやっている。
「ちゃんと紙に包んで捨てろよ?飲み込むと腹壊すから。」
「わふぁった。」
眠い……寝かせてくれ。まだ二時だから……ちょっとだけ……昼寝だ。
「風味?」
「なんだよ。」
風は俺に向きなおると、仰向けで転がっている俺に飛び乗った。
「ぐぇ!!なんだよ急に!」
「風味……。」
風は俺の頬に手を当て、顔を徐々に近づける。少しずつ少しずつ、息がかかるくらいに。ミントの匂いがする。
「か、風?どうしたんだよ急に?」
「好き。」
「俺も好きだよ?家族だもんな。」
風はふるふると首を振る。
「違う。」
急に俺は声が出せなくなる。風が俺の口をふさいでいるせいだ。ガムの味がする……。
「んばぁぁぁ!!!」
……夢か。ちょっとこの先の展開も見てみたかったような……。
「風味?くちゃくちゃ。」
……風は目を丸くして俺を見ている。周囲には捨てたガムがうずたかく積もっている。
「なんでもない。……今何時だ?」
「五時。」
いい具合に睡眠がとれて体が少々楽だが、昼寝というのはしたほうがだるいものだ。
「うぅぁぁぁ。」
全身で伸びをし、関節を鳴らす。
「くちゃくちゃ。」
「お前なぁ、いい加減にしておけよ?もうガムないだろ。」
「ない。」
噛んだガムで風船を作って遊んでいる。髪の毛にくっついても知らないぞ。
「……どれ、飯、つくるかぁ〜。」
それにしても、俺は何て夢見てたんだよ。
確かに風をそんな目で見たことはない。なんでだろう?自分でもよくわからないな。
買い物の袋からパスタを取り出して鍋にぶちこむ。同時にソースを温める。
「なぁ、風。お前……俺のこと好きか?」
風は「何を言っているんだ?」というような表情で俺を見つめている。その目を見つめ返してやると、頬を赤くし目をそらしてガム風船を膨らませた。
今までにない反応だ。やはり、風は心を手に入れ始めているのだ。出会った頃は、人形のような感じだったというのに。
「好きなのか?はっきりしてくれ。」
「風味。いじわる。」
後ろを向いてしまっているのでどんな顔をして言っているのかまではわからなかった。
「ま、いいよ。嫌いならそれでも。でも、俺はお前のこと好きだから。」
本心ではない、かまを掛けたのだ。
「っ!?」
風がびくんとしなったような気がするが、同時に麺がゆであがったのでそちらに気を取られてしまった。
茹であがった麺にソースをかけて……簡単だが、量はある。何よりも風が食べたいといったものだしな。
「ほら、リクエストの品。スパゲッティだ。」
テーブルの前に座っている風は大盛りミートソースを見ると眉をひそめた。
「赤い。」
「そりゃあそうだろ、ミートソースなんだから。」
風は目をそらし、嫌悪の表情でふるふると肩を震わせている。
「…嫌。赤いの。」
あの何でも食う風がはっきりとした拒絶を示した。
「理由でもあるのか?」
「血。赤い。……もう見たくない。」
……こいつは過去に何人もの命を絶っている。それが悪いことだとは知らなかった。風はただ、自らを作った人間の喜ぶ顔が見たかっただけだ。
その人間に置いて行かれ、むやみやたらに人を……。
出会ったときの風は全身を血で赤く汚し、赤い瞳には何も映していなかった。
「オトウサンに会いたい。」
ただそれだけ。
「ごめんなさい。」
「……お前が謝ることじゃないよ。」
「せっかく作ってくれた。食べる。」
目は涙に滲み、フォークを持つ手は震えている。
「無理するなよ。……俺が全部食う。お前はカップめんでも食ってろ。」
風は立ち上がると台所でカップめんを作り始めた。
前に風のオトウサンに会ったことがある。
すでに死んでいるような空気をまとっていた。
彼も風を生み出してしまったことにかなりの罪悪感を覚えていた。……だから逃げた。
俺は……あの時ぶん殴っておけばよかったと思う。
「風は、お前に会いたがっている。」
「私は……風に会う資格がない。」
二人分のミートソースは、俺には無理だった。
俺には……何ができるって言うんだ。このまま、風に飯を食わせるだけか?そんな生活破たんするのなんか目に見えている。
風にとって幸せなことって何なんだ?オトウサンに会ったところで以前の生活に戻るだけだ。俺と一緒にいて風は幸せなのか?
いろんな考えが頭の中をぐるぐると廻っている。俺は……俺には何がしてやれるというのだ?
「風味?顔色が悪い。」
風に肩をたたかれて気が付く。
「大丈夫?」
「あぁ……食いすぎただけだ。」
「もう寝た方がいい。」
「そうするよ。お休み。」
風は自分の寝床に入るまでに何度も俺に振り向いた。「大丈夫か?」……そう言われているような気がしてならない。
……後片付けは起きてからでいいかな。
夜、秋の夜に虫が鳴く。
「……じ。」
何かが俺の耳に話しかける。……眠いんだ、寝かせてくれ。
「風味、起きて。」
「んぁ?なんだよ……腹でもへったのか?」
風が俺の脇に正座して俺を見ている。
「風味、調子悪そう。」
「……そうでもないよ。」
「嘘。」
「……ちがわないさ。」
風は俺の目の前に何かを差し出した。……これは栄養剤?
「元気出してほしいから。買ってきた。」
よくよく見ると、昼間に買ってやった服を着ている。こいつは一人で買い物に行ってきたようだ。
「お前……。」
「飲んで。元気出して?明日もがんばる。」
「私のためにご飯を持って来いってか?ははは……。」
風の表情が厳しくなる。
「冗談でも怒る。」
こいつは本当に俺の心配をしていたようだ。皮肉を言ってしまったことに激しく後悔する。
「ごめんよ、風。」
「いい。飲んで。」
栄養剤をぐいっとやる。妙な酸味と苦み、おまけにしょっぱかった。
「風味、変。なんで泣くの?」
自分が情けない。風は俺と一緒にいたがっているというのに、くよくよと悩んでいた自分が……とても情けない。
長い一日が終わった。
明日もまた長い一日だ。